珍獣日記①(2025.12.26~2026.1.2)
来る2026年2月3日、KADOKAWAより私の初の長編小説『珍獣に合鍵』が発売されます。この「珍獣日記」は、『珍獣に合鍵』をたくさんの方に手にとってもらえたらいいなという願いを込め、発売日までの期間限定で公開を前提に執筆したものです。

2025年12月26日(金)
6時15分に起きた。夫が最終出勤日なのでお弁当に海鮮焼きうどんを作る。シーフードミックスの力を信じた。朝食はにらとちくわと玉ねぎの味噌汁、ごはん、尾道土産の穴子ちりめんふりかけ。
夫を送り出し、「今晩お知らせをします」的なツイートをしたら、まだお知らせていないのにもう緊張でそわそわしてきた。読みかけだった、絶対に終電を逃さない女『虚弱に生きる』を読んで浮ついた心を静める。終電さんの文章には浮つきがない。
そわそわしたままキックボクシングに行き、マンツーマンでレッスン。対人で距離を詰めすぎないこと。半歩後ろに下がることを意識する。
東京駅で海鮮ランチを食べ、茅乃舎で切らしていた出汁を買ってから池袋へ。
東武3階でふらふら洋服を見てから、美容院近くのエクセルシオールカフェに入る。『珍獣に合鍵』発売のお知らせツイートと自身のサイトのお知らせ記事の文面を作成しようと思ったけれどそわそわして手がつかず、まず溜まった日記を書いた。
2024年11月に自主製作した『ハローアゲイン』という日記本で、日記を本にするのはこれが最後だと宣言したが、それ以降も、どこにも発表しない日記をポメラで書き続けてきた。平均したら月に5~6万字くらいの分量になるはずだ。公開を前提としない日記は気楽で、日記をnoteで発表したり本にしたりしていたとき以上に筆がすいすい進んだ。今年は、『珍獣に合鍵』の原稿や『随風』等に寄稿するエッセイを書く合間にも、日記をひたすら書いていた。
文フリなどで「日記がまた読みたい」と言ってくださる方もいたけれど、お茶を濁してきた。それが、ここに来てふと、『珍獣に合鍵』発売までの期間限定で日記を発表するのはどうだろうと思いついた。新刊のプロモーションになるかならないかわからないが、ずっと〈日記とエッセイを書く人〉を名乗ってきた人間が、日記でもエッセイでもない著書を書き上げて発売するまでの心境を綴ることで、新たに興味を持ってくれる人がいるかもしれない。なにもせずに、発売までただそわそわとSNSのインプレッションを気にしているよりは、とりあえず自分にできることをやってみたほうがいい。
『珍獣に合鍵』発売お知らせツイートをえいやっと送信して、美容院に向かう。
Mさんに2月に本が出るよと話してさっきのツイートを見せたら、トリートメントの待ち時間に早速ネットで予約してくれたらしい。速!
「早乙女さんの書く小説はきっと、この大変な社会で必死に生きる若い人たちを励まして勇気づける、そんな小説だと思うんですよ、まだ読んでないけど!でも話してたらわかる!」
とMさんが力強く言うので、そうだといいなあと思う。
さらに、「2026年作詞をやったらどうですか、絶対いい歌詞書けますよ」とも言われる。ハロプロ曲の作詞がしたいなんて話したことなかったのに。この人は、美容師というより時々占い師みたいだ。
帰宅して、夫が作ってくれた焦がしネギの鍋を食べる。満腹だったけれど、先日父が届けてくれたみかんも食べた。みずみずしくておいしかった。
12月27日(土)
7時に目覚ましで起きたけれどもちろん二度寝。気づいたら10時くらいだった。
昨日の告知ツイートにたくさん反応があってありがたい。
昨日の鍋を雑炊にして紅生姜を添えて食べる。食後にコーヒーを淹れて、尾道で買ってきたパン屋航路の黒みつラスクを食べる。かりかり食感でおいしくて手が止まらなくなる。パン屋航路というパン屋のネーミングがよすぎる。夫は多分このネーミングの由来をわかっていない。ラスクを食べ終わる前に話そうと思う。
午前中ぐうたら過ごした後、ふたりで買い物に出かける。スーパーで食材を調達した後、そのすぐ近くのチョコレート専門店へ。双方の実家まわりへの手土産として焼き菓子詰め合わせを計6個購入した。自分たちの今日のおやつにケーキもふたつ購入する。夫が食材を全部持ってくれていたので私がケーキの箱を抱きかかえて帰る。M-1の優勝トロフィーを両手で抱えていた、たくろうの赤木さんなみの慎重さ。
帰宅してT2のお茶のアドベントカレンダーに入っていたアールグレイティーとアイリッシュブレックファーストを淹れた。T2のアドベントカレンダーは今年のベストバイと言っても過言でない。大判の本型の入れ物もエキゾチックなイラストもよかったし、紅茶とハーブティーがバランスよく出てくるのもよかった。何より、どのお茶も香りがよくておいしかった。ケーキは、私はビターチョコレートのムースの中にベリーのジュレが練り込まれたマダガスカル、夫はチョコレート生地のスポンジにバタークリームが挟まったサンミシェル。
紅茶もケーキも上品な味ですっかり華やかな気持ちになったが、食べ終わった瞬間に私が「今俺たちがいちばん欲しているものを言います!やみつきしみかりせん!」と叫んで全てを無に帰した。それからやみつきしみかりせんをばりぼり食べた。山形でまた買ってこよう。
ようやく重い腰を上げて大掃除スタート。夫はいつ買ったのか不明な謎の噴射機に水と洗剤を入れてバルコニーに出ると、窓を外から洗浄していた。ぞうきんでこすったりしなくても汚れがみるみるうちに落ちるのが楽しいらしく、時折ヒャッハーという声が窓越しに聞こえてくる。私は大掃除のときにいつもBGMにするB’zのLOVE PHANTOMを爆音でエンドレスリピートしながら、ワーキングスペースの片付け。執筆関連の資料やゴミや本やゴミや化粧品やゴミや電子機器や着物小物やゴミが乱雑に置かれすぎてデスクがほとんど見えなくなっていた。いらない!何も!捨ててしまおう!(真理)
ものを捨てたりあるべき場所に戻したりしながら掃除を進めた。『珍獣に合鍵』執筆のために集めた資料や構想メモの類いは、無印良品のA4サイズのバッグインバッグに全部まとめた。
家中全ての窓がきれいになり、ワーキングスペース周りが片付くとそれだけで家がめちゃくちゃ明るく広くなった。掃除万歳。
レースカーテンを外して洗濯機で洗い、その間に風呂掃除をして、洗い上がったカーテンを取り付け直してくれていた夫が変な声を上げた。見にいくと、リビングのカーテンレールの片側のネジが緩んで落ちそうになっているのを、夫が必死に支えていた。
拙著『速く、ぐりこ!もっと速く!』をお読みくださった方は覚えているだろうか。私があの本の「あとがき」で同じ状況に陥っていたのを。
私は4年前に今住んでいる物件を購入したのだが、購入前に行われた不動産屋のリノベが突貫工事だったらしく一カ所のカーテンレールの取り付けが甘く、ちょうど今から2年前の年末にもカーテンレールが同じように落ちてきたのだ。当時、恋人と別れて精神状態がぼろぼろだった私は住居を整える気力もなくしていたのだが、かつてDIYにはまっていた経験からなんとか自力でカーテンレールを修復し、それを機にちょっと元気になって、うっかり元恋人に連絡したりして、まあその後いろいろあって結婚して今に至るのである(雑なまとめ)。
夫がレールを支えている間に、私はドライバーとキリを持ってきた。ネジ穴は完全になめてずぼずぼになっていたので、レールの位置をずらして、夫が壁に新たに穴を開けてカーテンレールを設置し直した。自分が2年前にひとりでやった作業を、夫と一緒にやっているのが感慨深かった。私はその作業をひとりでもできたし、人と一緒にもできた。そのことを忘れずにいようと思う。おそらくまた2年後の年末頃に不具合が生じるだろうから、そのときはもっと根本的な修繕を行わなくてはならない。
大掃除をがんばったので、夜はたこやきパーティー。具のたこが少なかったので第二弾はウインナーとチーズで。それから夫がようやく手に入れたSwitch2で桃太郎電鉄2をやることになった。コンピューターのまめ鬼×2に「ひざまる」「カナメ」と名付けた。ひざまるって名前かわいくないですか。
桃鉄は私が圧勝した。最初に各社長に3億円が支給された時点で、今この瞬間にリタイアしたいと毎回思う。総資産を増やすことに全然興味がない。
12月28日(日)
7時に起床したが布団から出られないまま8時になる。
夫が近所のおいしいパン屋に朝食のパンを買いに行く。私はその間にコーヒーを淹れる。朝食にこのパン屋のパンを買ってくるときは、だいたいいつもパン3つをふたりで半分ずつ食べる。今日はレレ・カレーパン・アンチョビツナだった。レレの練乳クリームがいつもより大きな波を描いていた。
食べ終えて大掃除の続き。私はそのへんに積んであった洋服を整理し、それからコスメやアクセサリーを置いている棚の片付け。好きで買い集めたOSAJIのネイルポリッシュも、古いものはすっかり液体が分離したり固まったりしてしまっていたので思い切って処分する。夫は昨日に引き続きカーテンを洗濯し、筑前煮を作ってくれている。
アクセサリーの棚を整理していたら、棚の奥から、紛失してこの1年ほどずっと探していたシルバーのネックレスが出てきた。35歳になった記念に買ったティファニー。何度も同じ場所を探したはずだし、夏にもこの棚の整理をしたのに、そのときは見つからなかった。ネックレスに足が生えてちょこまか移動しているとしか思えない。家の中で出てこないのだからきっと出先で紛失したに違いないと思い諦めて、ここ最近はシルバーのネックレスを新しく買おうと思っていろいろなブランドで探していた。でも、これ!と思えるものはなかなか見つからず、最近の私はネックレスもリングもゴールドのものばかり身につけていたのだった。見つかってうれしい。早速首からぶら下げる。
昼食は夫が作った筑前煮とごはん。筑前煮は私の好物だ。夫は煮物作りの天才だと私は本気で思っている。こんにゃくとれんこんは私の好物なので夫が私に次々譲ってくれる。好きなものを公言しておくとこうして自分の近くに引き寄せられてくる。
・・・・・・という話の流れで公言するだけで決して他意はないのですが、私はお笑い芸人のカベポスター永見さんが好きです(公開前提の日記ならではの記述!)。
というわけで、人生初・生カベポスターを観にIMMシアターへ。夫も一緒なので浮気ではない。一人で大阪の劇場までこっそり通うようになったら浮気ですよ。
カベポスター×ツートライブ×ぎょうぶ「東京マーケティング」。ゲストでママタルトも登場して豪華だった。オープニングのトークから最後のコーナーまで残さず面白かった。相方の永見さんが山中さわおと歌っているところを見たくないカベポスター浜田さんの話がよかった。大鶴肥満はテレビで観るのの何倍もでかかった。
大鶴肥満がピザ好きが高じてピザ釜を買って自作するようになったらピザ関連の仕事も入ってくるようになった、という話を聞いて私たちもピザが食べたくなり、ナポリの釜でMサイズ2枚を注文して持ち帰って食べた。5種のチーズのクリスピーとフォーシーズンズ。
満腹になってマリオカートをやる。2回グランプリをやって2回とも夫と私が同率一位だった。
入浴してこの日記を書いた。公開前提の日記を書くのが久々すぎてえらく時間がかかる。ポケモンZAをやっている夫の側に行ったら、「日記書き終わったの?」と聞かれたので、「日記に終わりはない」と答えた。ある瞬間にその瞬間までの出来事を日記として書き終わっても時間は止まることなくずっと流れていくから。
12月29日(月)
7時起床。昨日の残りのピザを食べてからキックボクシング納めをしに行く。ダイエットキックのクラスなので過酷だった。足が生まれたての子鹿になる。そして腰に不穏な痛み。
おざわみゆきさんのYoutube「年末特番!ちょっと前の〈既刊〉の話をしよう2025」で拙著『速く、ぐりこ!もっと速く!』が言及されていると知り視聴する。はいはっとちゃんさんがおざわさんに推薦してくださったそうで大変ありがたい。ゲストの笠井康平さんが、「この本の著者が〈日記とエッセイを書く人〉という自己規定をしていることで、結果損してる」というようなことを話していた。日記やエッセイに限定せずともフリがあってヤマがあってオチがあるお話も書けるのに、というポジティブな意味で話してくれていたのだが、そうか人からはそういうふうに見えるのだなあと思った。自分の執筆活動やセルフブランディングにまつわるあれこれを決める中で、損得という価値基準が自分の中になかった。そして、小説も書ける人が日記とエッセイしか書かなかったとしてそれは果たしてその人にとって損なのだろうか。
まあでも、実際数年前の私は、自分に小説(特に長編)は書けないだろうと思っていたからこそ、〈日記とエッセイを書く人〉という肩書きを名乗り始めたわけで、その肩書きをひょいと飛び越えて私に小説書き下ろしを依頼してくれた編集者には感謝しかない。ちなみに2026年からは自称する肩書きを〈文筆家〉に変更するつもりです(そもそも自分の名刺を見てみたら既にペンネームの上に文筆家って書いてあった)。
この間受けた取材でも聞かれたけれど、もちろん、今後エッセイは書かないとか小説の仕事をメインにやりたいとか思っているわけではない。私は小説が書きたいのでもエッセイが書きたいのでもなく文章が書きたい。書き続けたい。早乙女ぐりこという書き手に仕事として文章の執筆を依頼してもらえるのであれば(そしてそれが自分の信条に反した仕事でなければ)、私はいつでもなんでもどこにでも書く。これまでもそうしてきたしこれからもそうしていく。
帰宅すると、夫が家の大掃除をせっせと進めていた。ベッドリネンが洗われ、布団やクッションが外に干され、ソファや玄関がぴかぴかに磨き上げられていた。なんと働き者なんだ。私はぐしゃぐしゃになった本棚を整理した。本が増える一方で、これまでは本棚を前後二段にする百均グッズなどを次々に投入してなんとかしのいできたが、そろそろ壁面本棚がキャパオーバーになりそうだ。来年の課題。
それから、今年着た着物をクリーニングに出す準備をする。掃除を終えてポケモンZAをやっていた夫が、シャンデラという無機物っぽいポケモンを愛でているのを横目に見ていたら、そのシャンデラにつけるニックネームを私が考えていいよと言うので、「じゃあ、〈でらぽよ〉で」と言ったら採用された。ゆけ、でらぽよ!
大掃除が一段落ついたところで夫と電車で出かける。OMO5一階のフードコートへ。一通りぐるぐる見て回った後、新宿アカシアで昼食にする。シチューと極辛カレーのあいがけでロールキャベツが二つ載っている。夫はポークソテーとシチューのセットを食べていた。この店の、スプーンでほぐれるやわらかいロールキャベツととろっとしたシチューがとても好きだ。混雑した新宿まで出なくてもこうして食べられるようになってとてもうれしい。食べ終えてアマメリアでカプチーノを注文し、共用スペースで食休み。おいしいランチと食後のコーヒーを一カ所で済ませられるのはいいことだ。
取り壊されるはずだったのに取り壊されていないTOCに行って、地下一階のばかでかいダイソーへ。ばかでかい百均ってなんでこんなに楽しいんだろう。アドレナリンがびゅーっと出てくるのを感じる。諸々買い込んで電車で帰宅。ポストに、夫宛の大学病院からの封筒が届いていた。その後ふたりで観葉植物の葉っぱを拭いているときに、先ほど見た大学病院からの封筒の話をされる。
ダイソーで買ってきたフェルトを使って、先日ふたりで作りにいったペアリングのリングスタンドをハンドメイドで私が作ることに。缶の横幅に合わせて切ったフェルトを竹串に巻きつけたものを二つ作って、それをクルミッ子の入っていた小さなピンクの缶の底にアロンアルファで留めるだけ。それだけなのに不器用なのでやたらと時間がかかった。自分の不器用さに苛立ち、「百均で買った材料で、百均で買えるものを手間暇かけて作る意味!」と叫ぶ。下手の横好きというのだろうか、ハンドメイドやDIYをやりたくなるタイミングが数年に一度訪れる。数年前はDIYで本棚やスパイスラックを自作していた。今またそのタイミングが来ているのを感じる。自分が怖い。
マリオカートをやって引き分けた後、この日記を書く。夕飯は残り野菜のせいろ蒸しと筑前煮。M-1のアナザーストーリーを観て寝た。
12月30日(火)
さすがに早起きした。筑前煮と卵かけごはんで朝食。デザートに、アップルパイになる予定だったりんご。食べ終わるとぽかぽかの陽気で眠くなるが我慢する。
夫と分担して家の大掃除の仕上げ。昨日までワーキングスペースやらアクセサリー収納やら壁面本棚やら自分のものの片付けばかりして、共用スペースの掃除を夫に任せていたが、今日はちゃんと水まわりの掃除を担った。夫は床の拭き掃除をしてくれた。互いをねぎらい合ってご褒美にコーヒーを淹れ、クルミッ子切り落としにホイップクリームをどかどかとのせて食べる。ホイップクリームはクリスマスケーキを作ったときの残り。これで冷蔵庫の中の年を越せなさそうな食材は大体食べ終えた。
今日から二泊三日で山形に帰省するので大急ぎで支度と荷造りをする。最後に手の指にOSAJIネイルを塗る。〈裏側〉という、貝の裏側みたいなラメ入りの白を塗った後に他の色を重ねると一度塗りでも発色がよくなることに気づいてそれを実践している。今日は〈いまそかり〉と〈星めぐり〉の二色。賀正らしいめでたげな感じに仕上げられて満足していたら、その後支度している途中にぶつけてしまい右手親指と人差し指の爪がグニグニになりました。
東京駅から無事東北新幹線に乗り込む。マリオカートはまた引き分け。グミ2種とやみつきしみかりせんをばくばく食べ、ホットコーヒーを飲む。そしてこの日記を書く。
米沢あたりから急激に冷え込み、車窓が雪景色になる。かみのやま温泉あたりからは雨がぱらついていた。新幹線の車両上部のテロップで「#推しメン山形」なる、山形県名物のラーメンや蕎麦やうどんの店を紹介するポータルサイトがあることを知る。推しメンって。
山形駅まで義弟が迎えに来てくれていた。夫は四人兄弟の長男なので弟が3人おり、夫の実家にいる人も既に家を出ている人も含めてこの日記には私にとっての3人の義弟が登場することになる。しかしイニシャルは2人被っているし、義弟①とか義弟(次男)とか記述して識別するのは大変失礼な気がするので避けたい。親族の呼称問題難しい。もう全員「義弟」でいきます。
夫の実家に到着すると、義母が「お帰りなさい」と迎えてくれる。「ただいま」と答えるのはまだ気恥ずかしいけれど、義母がいつも私にも「お帰りなさい」と言ってくれることをしみじみありがたく思う。義母と義弟と夫と私と4人で夕飯の買い物へ。スーパーの入り口前の屋台で「あじまん」という今川焼きのような和菓子が売っているのを初めて見た。おいしいらしい。気になる、あじまん。
大きなお刺身のパックを買って帰り、料理人の義弟が酢飯と卵焼きとツナマヨきゅうりを作ってくれて手巻き寿司をする。
義母と夫と3人で近所の温泉へ。山形県というところはとにかくそこかしこに温泉があってすごい。義母と一緒に露天風呂にのんびり浸かってほへーっとあたたまる。帰宅して義弟と夫と一緒にマリオカートをやって寝た。
12月31日(水)
朝方、掛け布団がずれてはみ出た肩と顔が冷たくて起きる。夫にしがみついて暖をとり二度寝。
起床して、夫が運転する車で義母を職場まで送っていく。車の中でコンビニコーヒーと肉まんを食べて、やみつきしみかりせんを爆買いすべく9時の開店を目指してさがえ屋に向かう。車中で、セパレート帰省ってのが流行りらしいね、と夫に話すと、ぐりこはセパレートにしたいの?と言われ、いや一緒に両方の家に行きたいよ、と答える。夫は多分、私が義実家帰省しないと言ったら、じゃあ俺も行かない、と言うだろう。
9時5分前に到着したのにさがえ屋は既に開店していて、店内に入ると長蛇の列だった。みんな考えることは一緒。しかし無事にたくさん購入できたので、年始に会う人々に配りまくりたい。なお、ここまで日記に何度も出てきた「やみつきしみかりせん」というのは、ぬれ煎餅のように甘じょっぱい醤油だれがしみこんでいるのにバリカタ歯ごたえの、最強めちゃうまハイパーやみつき煎餅のことです。
しみかりせんを無事にゲットしたので家に帰り、夜勤を終えて帰宅していた義父に挨拶する。予約していたおせちを料亭に取りに行くという義弟に夫と私もついていく。無事におせちをゲットした後、昼食まで天童のイオンモール(現地民はイモ天と呼ぶらしい)のゲーセンで時間を潰すことに。3人で平成のプリクラを撮ってラクガキもした。画像に「一期一会 友」とか「いちばんのおともらち!!」とかのスタンプをじゃんじゃん載せていったが、よく考えたら夫と義弟と私は別に誰も友達ではなかった。3人なのに「うちらニコ(スマイルマーク)イチ」スタンプが使われていたのも面白かった。
水車生そばで3人で昼食。蕎麦屋だが、かつてまかない飯に出していた蕎麦用の出汁を使った鶏肉の入った中華そば「鳥中華」が人気とのことで、夫にすすめられるがままそれをいただく。あっさり上品な味だけれど鶏肉のうまみと胡椒が効いていて麺がもちもちしていておいしかった。推しメンに決定だ!
帰宅して桃太郎電鉄2をやる。夫の名前も義弟の名前もまめ鬼の名前も私が勝手に決めた。私は桃鉄界の湯婆婆。
夕飯の支度をするという義弟を家に残し、別の義弟と義弟の彼女と合流してボウリングへ。ボウリングレーンが混んでいたのでレーンが空くまでまたゲーセンで時間を潰す。今度はプリクラは撮らず、ホッケーをやって太鼓の達人をやってバスケットボールを動く籠に入れるゲームをやってぐったりし、その後は義弟と義弟の彼女がUFOキャッチャーに小銭をじゃんじゃん投入していくのを観ていた。割と厳しめの家に育ったので、子ども時代の私はあらゆるゲームに疎く、ゲーセンも不良のたまり場だと思い込んでいたので、大人になってからこうして付き合いでゲーセンで遊ぶことがあると海外旅行ばりに新鮮な感じがする。
ボウリングでは私がガーターを連発し、義弟の彼女が丁寧にアドバイスしてくれて、無事にピンのところまで球が到達するととても喜んでくれた。前に夫とふたりで2回ほどボウリングに行ったときはもうちょっとましなスコアだった気がするのだけれど、そのときは2回とも酒を飲んでいたのだった。
義弟たちと別れ、夫とふたりで昨日も行った温泉へ。ひとりで女湯の露天に浸かる。久々にひとりになってほっとするという感覚は特になく、そのことを不思議に感じる。2月に出版される『珍獣に合鍵』のことを考えようとしてもあまりうまくいかない。義実家の人たちと一緒にいると、本業の自分も早乙女ぐりことしての自分もどこか遠くに行ってしまって、義母にあれこれ世話してもらって、目の前にあるおいしいものやゲームのことしか考えなくなる。
帰宅して、目黒蓮さんを推している義母と一緒にSnow ManのYouTube生配信を観た。私は男性アイドルに疎いのでメンバーの顔と名前もよくわからない状態で観たのだが、配信が終わる頃にはまんまとみんな最高!の気持ちになっていた。
料理人の義弟が大量の天ぷらを揚げてくれ、いいにおいが部屋に漂い続ける。さっき一緒にボウリングした義弟と義弟の彼女も家にやってきて、7人で紅白歌合戦を流し見しながら大晦日の食卓を囲む。しめじの天ぷらにかぼちゃの天ぷらにかきあげにお蕎麦。料亭のおせちは低温調理のローストビーフがびっくりするほどやわらかくておいしかった。義父が買ってきた刺身も食べて満腹満腹。
食べ終えてから我々が持参したクラッシュアイスゲームをみんなでやる。ペンギンを落とさないように身長に氷に見立てたブロックをハンマーで叩いて落とすゲームなのだが、ハンマーでブロックを叩くのが楽しすぎてみんなペンギンそっちのけになる。義父が寝室に戻り、しばらく五目並べなどをしながらのんびりし、今年が終わるまであと30分というところに来て、何やら改まった様子の義弟とその彼女から結婚するという報告を受けた。ひとしきり騒いで、新しい年もいい年になりますねえと言い合って、2026年を迎える。風呂に入り寝る。
2026年1月1日(木)
眠い目をこすって起き上がり、仕事に向かう義母を見送り、みかんを食べる。それから荷物をまとめて身支度をする。義弟と夫と3人で、市内で別に所帯を持っている義弟の家へ。義弟の奥さんはとてもほんわかしていて優しくてかわいいので私たち夫婦の推しである。家に到着すると玄関口で1歳児を抱いた推しが迎えてくれた。推しと推しの子のお出迎え・・・・・・!
おいしいりんごと白鷹の漬物をお茶請けに出してもらい、それをつまみながら推しの子と遊ぶ。お年玉の代わりに星のカービィのタオルケットを献上したのだが、推しの子がそのタオルケットから顔をばぁっと出してにこにこする遊びを何度もやっていて大変愛らしかった。推しの子は絵本を次々に本棚から持ってくるけれど、それを読んであげようとすると、すぐに飽きて他のおもちゃのところに行ってしまうのだった。最近はトムブラウンがパンを5つ合体させる絵本がお気に入りらしく、それだけは最後まで読ませてくれた。私は、声に出して文学作品を朗読する機会がわりと多い人生を送っているので、その発声や読み方には自分の癖としか言いようのないものが出ていると思う。けれど、幼き人に対して絵本を読み聞かせるときだけは、自分ではなく、自分の母親の癖が出てくる。自分が幼き人だった頃、母にたくさん絵本を読んでもらったから、母の発声や抑揚のつけかたやまなざしや表情やページをめくる速度が自分の身体の中に残っていて、それが否応なく再現されてしまうのだ。なんだかこそばゆいですね。
推しの子は、私たちが過去にあげた仕掛け絵本も気に入ってくれているようで仕掛けの部分がぼろぼろになっていた。推しがテープで何度も修正した跡があった。
お昼は、義弟と推しが用意してくれたお餅や芋煮や筑前煮を食べる。餅は、きなこ餅あんこ餅くるみ餅納豆餅と4種類もあって豪華でうれしい。芋煮は夫が作ってくれるのともまた味が違っておもしろい。こっちのスーパーの牛肉売り場に「芋煮用」と書かれた肉が売っていてびっくりした、と話したら、義弟たちが、東京には芋煮用の肉売ってないの?と驚いていた。ないよー!お惣菜のおいしいクリームコロッケやハンバーグまでいただいて、はあお腹いっぱい、と思ったところで、おやつもあるよ!と言われてどひゃあとひっくり返った。あんこ大好きな推しおすすめの、生乳バター入りのどら焼き。もちろんおいしくいただきました。
たくさん遊んで時折ふにゃふにゃ眠そうな様子を見せる推しの子に別れを告げ、おいとますることに。義弟に駅まで送ってもらう。新幹線の出発時刻までS-PALで時間を潰す予定だったが、元日のため休業していた。かろうじて駅のお土産売り場とスタバは開いていたので、お土産を購入してスタバに入ってSwitch2で五目ならべをして過ごす。
新幹線駅構内のNewdaysで、駅弁「牛肉どまん中」の塩味とカレー味を発見し歓喜。さっきのお土産売り場にはプレーン味しかなかったからもう食べられないものと思って諦めていたのだ。ひとつずつ購入した。
帰りの新幹線でマリオカートをやる。自分が乗って実際に動いている新幹線の進みと自分が操作しているゲーム画面がシンクロして、自分が実際にカーレースに出場しているような感覚になる。
東京駅に着いて無事に帰宅。入浴して夫の実家の家族LINEに挨拶してから牛肉どまん中を食べる。塩味もさっぱりしてすてきだけれど、カレー味が本当に本当においしい!!カレーピラフみたいな香りと味がするたっぷりの牛そぼろと牛肉煮、こんなの最高に決まってる。
義母は誰に対しても身内下げをしないから本当にすごいよねえ、という話を夫とする。義母がそういうひとだから、夫や夫の兄弟も優しいひとに育ったのだと私は確信している。
久々の家のベッドはよい。爆睡した。
1月2日(金)
私の実家に帰省する日。8時起床のはずが、旅の疲れでふたりとも起き上がれず二度寝。慌てて起きだし、昨日取り分けて残しておいた牛肉どまん中を食べ、コーヒーを飲んで支度開始。
私はここ3年ほど、正月に自分で和装着付けして実家に帰省している。今回は母方の祖母の遺品である藍色の大島紬。尾長鳥の柄の朱色の名古屋帯に赤茶の帯揚げ、紅白の市松模様の帯締めを合わせた。ここ最近、加齢で胴回りの肉付きがよくなったのと補正のやり方を覚えたので、着付けが大変うまくできるようになってきた。補正をやった方が着姿がきれいに見えるのはわかっていたけれど、わざわざ自身を実際より太く見せることに、数年前はまだ抵抗があったのだ。もうそういう感覚は遠くに流れていった。
亡き祖母と私の体型がほぼ同じこともあって、ぴっちり着付けられたので満足する。着付けもうまくなっているし、数年前よりこの着物が似合うようにもなっていると思う。年とるのっていいじゃん。若い頃に着ていた服が着られなくなっても、これから渋い着物やごついジュエリーなど新たに似合うものがますます増えていくのかと思うと楽しみで仕方ない。
名古屋帯を締めるのが久々で手間取り、支度を済ませて慌てて家を出た。夫は今日もお年賀などの荷物を全部持ってくれる。
到着すると姪8歳と甥5歳が駆け寄ってきて迎えてくれた。父方の祖母も来ていて元気そうで何より。母と祖母に着物姿を褒められる。新年の挨拶をして、母の手で作られたおせちがどんどんと並べられる。私は着物が汚れないようにと母からエプロンを貸与された。エプロンをした私を見て、父が「ぐりこは昭和顔だからそういうのが似合う」と半笑いで言う。なんで晴れの日に着物着て帰ってきた娘にかける言葉が、賞賛でなくdisになっちゃんだろうなこの人は。しかし再婚してから、父のそういう無礼に全然腹が立たなくなった。父に褒められることを期待しなくなった。
母のおせちがおいしい。アスパラとにんじんの入った肉巻きとこんにゃくや八つ頭の煮物、酢蓮、牛肉入りのきんぴらやくらげ入りのなますなどもりもり食べた。去年、私が「りんごのきんとんないの?」と言ったのを母が覚えていてくれて、今年作ってくれた。久々に食べるりんごのきんとんはさわやかな酸味があってとてもおいしかった。デザートにクリームソーダも出てきた。
姪と甥が一通り食べ終わると、子ども好きの夫が一緒になって3人が元気に全力で遊び始める。子どもたちは、昨年突然現れた、「伯母の夫」なる人物にもうすっかりなついている。気づくと2人が夫に馬乗りになっていて、夫が「午年だからお馬さんだよ!」と叫んでいた。なんだそれ。私も食べ終わってから、持参したクラッシュアイスゲームを一緒にやった。5歳も8歳もルーレットの指示を無視してひたすらアイスを大量にクラッシュしていくのでワイルドだった。
毎年恒例、和室でみんなで記念写真を撮る。椅子を持ってきて祖母に座ってもらい、そのまわりを囲むように私たちが並ぶ。弟がスマホのタイマー撮影をセッティングしていると、甥が弟のほうにぽてぽて走って行ってしまう。弟が甥を脇に抱えて駆け戻ってきて並ぶと、数秒後に連続でシャッター音が鳴る。めずらしく一発撮りでいい写真が撮れた。みんなカメラの方を向いてほがらかに笑っている。いい一年になるね。
子どもたちと遊んだり祖母と話したりしているうちにすっかり夕暮れ時に。父が祖母を車で送っていくのを見送り、弟一家と私たち夫婦もおいとますることに。玄関口で、「おばあちゃん(私の母)来たら、ありがとうございましたって言おうね」と子どもたちと夫が言い合っていたのに、いざ母が来て「せーのっ」となったら子どもたちが照れてまったく声を出さないので、夫だけが元気に「ありがとうございました!」をしていた。
寒いのに、母がマンションの外まで見送ってくれる。姪と甥が別れ際、母にぎゅっとしにいっていて私もそうしたかった。信号のない横断歩道を渡るときに、夫が姪に「ほらママと手をつないで」と言ったら、「そう言うシンくんたちはつないでないじゃーん!」と返し、それを聞いた夫が私の右手をとって持ち上げた。気恥ずかしいが、夫が手を放さないので、先頭は弟と甥、次に夫の奥さんと姪、最後に私と夫が手をつないで二列縦隊で駅まで歩くことになった。なんだこれ。
子どもの頃からずっと華奢でいつもちょろちょろ走り回っていた弟の背中を後ろから見ると、いつの間にか貫禄が出てがっしりしていた。弟は、幼い頃の彼と同じくちょろちょろ動き回る彼の息子の手をつかんでゆっくり歩く。姪は、彼女の母親の手をしっかりと握ってとびはねるように歩きながら、時折後ろを振り返って私たちがちゃんと手をつないでいるか確認する。
正月のよく晴れた日の夕方、お腹も心も満ち足りて、母に見送られて、オレンジ色に光る裏通りを夫や弟一家と一緒に並んで手をつないで歩いたこの時間を、多分私は何年後か何十年後か、死ぬ前とかふとしたときに思い返すんじゃないかと思った。ちょっと完全に不意打ちだった。あれは、自分の人生に起こるとまったく予想していなかった種類の夢のような幸福だった。
(珍獣日記②に続く)

